第一工業製薬株式会社・ゲンブマルセール粉末石鹸



そういえば子供の頃は、何でも大きかったですね。
ふつうの家庭でも、醤油を一斗缶で買ってた記憶があります。
洗濯洗剤も、一斗缶レベルの円筒型の缶がうちにあって、
背が足りないのでそれに乗って洗面台に立ち歯磨きをしていました。
これも計量用のお玉と比べると相当大きそうな箱に見えます。

【昭和10年3月5日・大阪毎日新聞】
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松下電器産業株式會社・ナショナル乾電池



戦後すぐの乾電池。
左側では懐中電灯の小型と大型、カメラのフラッシュ用と、
その用途が解説されています。
懐中電灯の小型の方は今でもなじみがあるものの、
カンテラっぽい形の大型は全然見ません。
右側の乾電池は単一と特単一との二種類がありますが、
特単一とは昭和23年から登場した名称のようで、
要は粗悪品が多い中で、性能の優れたものに与えられる
名前だったとのこと。
この頃の電池は電器屋か自転車屋で売っていたんですね。

【昭和24年5月29日・北海道新聞】

株式会社藤澤友吉商店・藤澤樟脳



この広告の藤澤友吉商店は、藤澤薬品工業の前身で、
それも2005年に山之内製薬と合併してアステラス製薬に。
しかし藤澤樟脳の名前で現在も発売しているのは、
この部門を買収した第一三共ヘルスケア、とちょっと複雑。
ともあれ、トレードマークの鍾馗様の部分だけがカラー刷りに
なっており、こうしたタイプはこの時代に時折見られますね。
樟脳は防虫剤や樟脳舟くらいしか用途を知りませんでしたが、
オランダ語ではカンフルといい、強心剤として使われていたとのこと。
よく言うカンフル剤がこのことだと初めて知りました。

【昭和10年5月28日・大阪朝日新聞】

ノーブル商会・カレーモナーカ



カレーの歴史を扱うサイトでは、
上記広告のノーブル商会・横澤氏が即席カレールーの
実用新案を登録した、といいます。
カレーモナーカとは、昭和7年に発売したという
カレールーを最中に詰めた商品だそうで。
モナカカレーと検索すると、その発売が戦後のように
書かれていたりもしますが、この広告を見る限り、
戦前にはすでにあったみたいですね。

【昭和11年1月11日・大阪毎日新聞】

ヤマサ醤油



昆布つゆのCMが思い浮かびますが、
ヤマサ醤油は正保2年、1645年に創業しています。
ヤマサ醤油株式会社として昭和3年に設立されたそうなので、
この広告を出したのはまだ出来たてほやほやの頃。
当然ながら屋号は変わらないんですね。

【昭和7年4月30日・大阪朝日新聞】

株式会社大倉恒吉商店・清酒月桂冠



月桂冠の歴史も古く、会社情報によれば1637年に
笠置屋の屋号で酒屋を開業したところからはじまるといいます。
上記広告中の株式会社大倉恒吉商店は昭和2年に設立され、
昭和19年に大倉酒造株式会社となるまで使われていたとのこと。
ラベルのデザインは現在とほとんど同じに見えます。
緑陰に酌むさわやかさ、ですね。

【昭和11年6月11日・大阪朝日新聞】

美津濃・ラジオテンパーバット



スポーツ用品大手のミズノは、1906年創業。
1987年にミズノと統一されるまで、美津濃の名前が
残っていたそうです。
飛力が倍加するラジオテンパーなるバット。
高周波応用とのことで、なにやら真空管のようなものが
描かれていますが、一体なんでしょうか。

【昭和24年3月5日・スポーツ毎日】

パイロット・高級万年筆



1918年設立の株式会社並木製作所がはじまりという
パイロット万年筆。
パイロットは船の水先案内人、
荒波に負けぬ精神を意味するそうです。
万年筆も現在の形になるまで、いろいろ変遷がありますが、
この時代にはスポイトがいらなくなったのがポイントみたいですね。

【昭和25年5月5日・島根新聞】

株式會社金丸本店・初御代



九州宮崎の金丸本店という酒造会社が出していた日本酒。
調べると、日本酒や焼酎を造っていた会社のようですが、
そば焼酎でおなじみの雲海酒造に吸収されたとか。
雲海酒造のホームページでは確認できませんが、
初御代という日本酒は今でもあるという情報も。

【昭和8年10月10日・大阪毎日新聞】

ナショナル・洗たく機



脱水ローラー付きの洗濯機。
1950年代後半から、白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫が
三種の神器と呼ばれ宣伝されたといいますから、
ちょうどその頃に出た製品でしょう。
この時代の広告って、よくラジオの提供番組を
一緒に載せてますね。

【昭和31年7月24日・読売新聞】

サンスター シオノギ・歯磨き



歯磨きでおなじみのサンスターも、
元をたどれば自転車の部品販売となるそうで。
自転車のゴム糊を入れる金属チューブに
歯磨きを入れたとのこと。
自転車の方もサンスター技研として
スプロケット、ディスクブレーキなどの製品を作り出しています。
昭和23年から44年まで、塩野義製薬と
薬用歯磨きの販売提携を結んでいたということです。

【昭和25年3月19日・島根新聞】

キリンビール・キリンレモン



キリンレモンの歴史も古いようで、
昭和3年発売といいます。
二人が融合したような斬新なイラスト。
おそらく、僕と私を表しているような気がします。

【昭和28年3月17日・朝日新聞】

堀内伊太郎・浅田飴



沿革によると明治20年がはじまりとのこと。
現在の碁石型の浅田飴は大正15年から発売されているそうな。
喉のみならず、よわき人や老人小人の滋養剤としても有効といいます。

【昭和7年10月31日・大阪毎日新聞】

木村製薬・殺虫剤アース



殺虫剤のアースは、生々しいハエが前面に。
会社の元をたどれば明治25年創業の木村化学となるそうで、
そこで作られていた製品に、地球印のブランド名がついていたそうな。
だからアースなんですか。
アース製薬になったのは昭和39年とのこと。

【昭和25年6月29日・朝日新聞】

金言マッチ



仁丹のメーカーが関わっているマッチの広告でしょうか。
もしくは全然関係ないメーカーかも知れません。
コピーの「仁丹がただか マッチがただか」というのは、
二銭分の仁丹がおまけに付いているのに、
このマッチの値段がなんと二銭。
どっちがタダなんだろう?という意味なんですね。
なんか今だと景品法かなんかに引っかかりそうな気もしますが
そんなことないですかね。

【昭和7年5月5日・大阪毎日新聞】

富士フイルム・フジカシングル-8



富士フイルムの8ミリカメラ。
扇千景さんのTVCMで「わたしにも写せます」というフレーズが
人気となったといいますが、さすがにわかりません。
右端にある映写機は、昔祖父母宅にあったような気がするのですが。
広告全体を囲む枠が、フィルムのパーフォレーションになってるのがおしゃれ。

【昭和40年8月3日・朝日新聞】

東京醸造・マルトンウィスキー



1924年設立の東京醸造が出したウイスキー、
という記事も見かけましたが、
あまり検索にも引っかからない、トミー、マルトンの名前。
贈り物に一番喜ばれていたらしいので、
一度味わってみたかったものです。

【昭和25年7月9日・読売新聞】

タキイ種苗株式会社・タネはタキイ



種苗の大手、タキイの種。
まるまるとしたカブ(でしょうか)がかわいい。
日本一充実した美しい目録はどんなものだったんでしょう。

【昭和25年5月3日・島根新聞】

サクマ式ドロップス



火垂るの墓の節子が持っていたより前の時代の広告。
サクマ式ドロップスは今でもありますが、
サクマ式チョコレートとは。
二銭、五銭のポケット用バラがあったそうで、
これは駄菓子屋で大きな缶に入っていたりしたんでしょうかね。

【昭和11年8月24日・大阪毎日新聞】

ロート製薬薬品・ロート目薬



目薬でおなじみロート製薬。
シマズイタマズとはいえ、目を布拭きとは大胆な。
価格の「丸に公」マークは、第二次大戦後の昭和21年に施行された
物価統制令による公定価格を示すそうです。
物価統制令は現行法ですが、現在は公衆浴場の入浴料金だけに適用されているよう。

【昭和24年11月21日・島根新聞】

松下電器産業株式会社・ナショナル電球



パナソニックに統一され、消えてしまったナショナルブランド。
加えて、今や電球もLED等への置き換えで生産が中止に。
“電化による生活文化の向上へ”十分貢献してくれたことでしょう。

【昭和32年9月2日・朝日新聞】

中央酒類株式會社・トモエ焼酎



青春の悩みや商売の苦労、心のもつれを焼酎で解く。
なるほど、それであやとりなのですね。

【昭和26年2月25日・朝日新聞】
プロフィール

Tet.

Author:Tet.
捨てられそうになっていた昔の新聞を拾ってきました。懐かしい昭和の新聞広告をご覧下さい。気まぐれに、ぽつぽつと増やしていきます。古いものが好きな方は「昭和モノグラシー」もどうぞ。

ここはどこまでも空のサイトページです。

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