ボンタンアメ



ボンタンアメの製造は大正15年からとのこと。
鹿児島のセイカ食品株式会社が作っています。
さて、“ハイキング ボンタンのからが 道しるべ”とは
道々ボンタンアメの箱が落ちている、という意味でしょうか。
それほどに人気、というのはわかりますが、
少しお行儀が悪くも感じてしまいます。
左端、ミナケイヒンイリは、皆景品入り、のことですね。
おまけが入っていたのでしょう。

【昭和11年8月23日・松陽新聞】
スポンサーサイト

神戸工業株式会社・テン真空管ブラウン管




神戸工業株式会社は、現在の富士通テン株式会社。
真空管ははるか昔に、そしてブラウン管も
すでに姿を消しつつあります。
真空管とブラウン管がセットでテレビの生命であった時代には、
どんな景色が映されていたのでしょうか。

【昭和35年1月26日・朝日新聞】

興和化学研究所・蛙懸賞



蛙を二万円で買うという衝撃的な広告。
だけど、生きていたり、死んでいたりしてはだめ。
実際、“甚だ迷惑して”いるほどですから。
必読の応募注意には、風邪になったら
コルゲンコーワを飲むという、おおよそ
カエル募集には関係なさそうな文言が。
しかも、二回以上繰り返し読めと。
さて、優れたカエルが載った新聞は発掘できるかな。

【昭和26年10月22日・日本海新聞】

大洋漁業・冷凍くじら



現在のマルハ、大洋漁業の鯨肉。
昔は学校給食で鯨の竜田揚げなどが出ていたと聞きますが、
僕の記憶にはありません。
現在は、住んでいる街の特定のスーパーで
鯨肉が刺身用で出ることがあるので、
時折買って食べています。
あれ?よく見ると写真はペンギンじゃないですか。

【昭和35年1月26日・朝日新聞】

三楽酒造株式会社・三楽



現在はワインなどでおなじみのメルシャン。
その前身がこの三楽酒造株式会社だそうです。
昭和9年に昭和酒造株式会社が設立され、
「三楽」の名で焼酎や合成清酒を販売。
昭和24年に三楽酒造株式会社へ。
昭和55年には現在のメルシャン株式会社になったとのこと。
この時代の定番、高額の賞金付きです。

【昭和28年10月22日・朝日新聞】

フォード・V8



フォードの自動車広告。
ガソリンの消費量を抑える新設計の気化器が
トラックやバスのエンジンに取り付けられたとのこと。

【昭和11年6月1日・大阪朝日新聞】

米子税務署・密造撲滅



お酒が安くなったので、密造酒を撲滅しよう、
という税務署の広告。
身体をこわし家庭をみだし国を亡ぼす、と
恐ろしい文言が並んでいます。

【昭和28年3月11日・日本海新聞】

株式会社藤井得三郎商店・龍角散



体を大変衰弱させる、という咳。
その風速は50~150m/秒、台風も問題にならないスピード。
家も木も全部吹き飛ばされてしまうほどとのこと。
社名はちょうどこの頃に株式会社龍角散に変更しているようです。

【昭和28年3月17日・朝日新聞】

金鶴香水株式会社・丹頂チック



現在も販売されている整髪料のロングセラー。
1933年発売とのことなので、この広告は3年後のこと。
戦後に丹頂株式会社と社名を変更するまで、
広告中の金鶴香水株式会社の名前だったそうです。
時代なのでしょうが、「トテも素敵」「ぜヒ一滴」など
片仮名の混ぜ方が独特です。

【昭和11年6月11日・大阪朝日新聞】

明治生命・興国保険



明治生命の戦中広告。
興国保険の名で、国民貯蓄の新鋭機とされています。

【昭和19年4月29日・西日本新聞】

福助足袋株式会社・福助ミシン



1882年からの歴史を持つ福助足袋。
1895年に足袋用ミシンを開発したとのことで、
家庭用のミシンも作っていたのでしょう。
会社のホームページではミシンのことが見当たりませんが
FUKUSUKEの名前が入ったミシンは
いっぱい検索に引っかかってきます。
しかし昭和25年で10万円の景品って、ずいぶん高額じゃないですか?

【昭和25年6月6日・読売新聞】

日本稀有金属株式会社



日本稀有金属の戦中広告。
新兵器に翼も船も稀元素だ
頑張れ必勝増産だ!のコピー。
枠囲みの複葉機のようなものは、
トラックに乗せたアンテナっぽく見えます。

【昭和19年4月29日・西日本新聞】
プロフィール

Tet.

Author:Tet.
捨てられそうになっていた昔の新聞を拾ってきました。懐かしい昭和の新聞広告をご覧下さい。気まぐれに、ぽつぽつと増やしていきます。古いものが好きな方は「昭和モノグラシー」もどうぞ。

ここはどこまでも空のサイトページです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ご来館者数