朝日麦酒株式会社・缶入朝日ゴールド



どうも、缶入りのビールは昭和33年に発売されたようで、
まさにこのアサヒゴールド、この年のことです。
プルタブという物はまだなく、
缶切りで大きな穴をあけて飲むというスタイル。
そういえば、鳥のくちばしのようなのがついた缶切り、
最近少なくなったんじゃないでしょうか。

【昭和33年11月14日・朝日新聞】
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養命酒本舗・薬用養命酒



そういえば、父親が一時期養命酒を飲んでいました。
その時の瓶は、現在と同じような
つるっとした表面だったと記憶しています。
この頃の瓶はなにやら装飾が施されて、いかにもな雰囲気です。

【昭和34年10月17日・朝日新聞】

大日本麦酒株式会社・特製ユニオン



アサヒ、サッポロの前身、大日本麦酒株式会社のビール。
コピーは“われ等のビール”特製ユニオンです。
すばらしく良い泡というわりに、グラスの泡はさほどでも。
当時の望ましい泡の比率は現在と違うのかも知れません。

【昭和10年5月21日・大阪毎日新聞】

大井電氣株式會社・マツダ電氣時計



6月10日、時の記念日にあわせた時計の広告。
時の記念日は1920年制定といいます。
“絶対に時間の狂はぬ”という頼もしい売り文句です。

【昭和11年6月10日・大阪朝日新聞】

株式会社藤澤友吉商店・虫下しマクニン



体内の寄生虫を排出する虫下しの薬。
戦後生まれの親から、虫下しを飲むと視界が黄色くなると
聞いたことがあるのですが、ちょっとあやふやです。
広告では「恐ろしい回虫」という冊子を無代進呈しています。
藤澤樟脳を出している会社の製品みたいですね。

【昭和12年5月22日・大阪朝日新聞】

三ツ矢ソース



明治27年創業という三ツ矢ソースは、
ハグルマ株式会社が製造や販売を継承しているとのこと。
“倍のキヽ目あれば安いです”とは
少量でしっかり味が付く、というような意味でしょうね。

【昭和7年7月21日・大阪毎日新聞】

富士フイルム・ペット35



ネットで調べる限り、このペット35というカメラは
1959年6月発売のようで、まさにこの広告は新発売を知らせるもの。
カメラを構える七三分けの子供の笑顔も大人びて見えます。
左上に見えるロボット、かつて東京タワーにあったらしい
近代科学館にいたという富士ロボットだそうです。

【昭和34年5月31日・朝日新聞】

花王石鹸本舗・ツバメ石鹸



“ワッショイワッショイたるみこし”と、
楽しそうな夏祭りの雰囲気が伝わってきます。
汗を流した後のお風呂は何とも心地よいですからね。
ちょっと子供達の描き方がぞんざいですが。

【昭和7年6月9日・大阪朝日新聞】

久光製薬・サロンパス



都々逸っぽい文句がいいですね。
“オーストラリアはメルボルン、
蒸気機関車一筋に、生きてきました老夫婦。……”
サロンパスって、僕は全然使っていませんが、
子供の頃、親が貼っていたものは
貼り面に筋があって、小さな丸い穴が開いていましたが、
今でもそうなんでしょうか。

【昭和50年1月1日・朝日新聞】

六一〇ハップ本舗・六一〇ハップ



考案者の武藤鉦八郎から610、
ハッピーからハップ、
そこからこの名前が付いたと言います。
2008年、その歴史に幕を閉じましたが、
発売が1927年、昭和2年のこと。
当時としては斬新なネーミングだったのではないでしょうか。

【昭和11年8月23日・松陽新報】

クルス電氣商會・クルス新型受信機



クルス受信機という名のラジオ。
昼間完全分離、放送局直下、山間僻地と
あらゆる条件で良く受信するというラジオのようです。
下段の説明文、“弊商會は”が下げてあるあたり、
心憎いですね。

【昭和7年10月31日・大阪毎日新聞】

パンアメリカン航空



パンアメリカン航空は、1991年にすでになくなっています。
アメリカへ行く飛行機を紹介する広告。
一番速い、あるいは二階建てでゆったり、の文言が見えますが、
どちらもまだプロペラ機です。

【昭和33年9月26日・中国新聞】

カトール



蚊取り線香のカトール。
あまりにも直球なネーミング。
そして、折れない、かびない、目や鼻にしみない、
衛生無害で皇軍慰問の最適品という商品ですが、
発売元の名前はどこにも見あたりません。

【昭和14年5月31日・大阪朝日新聞】

株式会社池田模範堂・ムヒ



掻いちゃだめ!と言われるより、
“かゆい掻いて!!”の方が共感できます。
よく虫に刺される方なので、
だめなのは分かっていても、掻いちゃうんですよねぇ。
池田模範堂の始まりは1909年だそうです。

【昭和34年5月23日・朝日新聞】

玉置合名會社・宇津救命丸



なんでも、この宇津救命丸は主に東日本で売られ、
西日本の人にとってはあまりなじみのないものだとか。
代わりに樋屋奇応丸というのがあるそうです。
北海道では宇津救命丸で、樋屋奇応丸は全く知りません。
島根に来てからも樋屋奇応丸の名前は聞かない気がするのですが。

【昭和7年6月16日・大阪朝日新聞】

日本麦酒株式会社・サッポロ



サッポロビールHPの沿革によると、戦後の昭和31年に
サッポロビールが復活、昭和39年に社名も
サッポロビール株式会社になったといいます。
この広告はそのはざま、ブランド名はサッポロになり、
社名はまだ日本麦酒株式会社の時のものですね。
北緯45度付近となっていますが、札幌の緯度は北緯43度です。

【昭和34年4月8日・朝日新聞】

大塚製薬・オロナイン軟膏



Wikiによると、1959年から60年にかけて放送されていた
大村昆主演のコメディ時代劇、頓馬天狗。
その提供がオロナイン軟膏の大塚製薬ということらしいです。
大村昆といえば、今も郊外の納屋などにかかっている
オロナミンCの琺瑯看板で見かけますね。

【昭和34年11月7日・朝日新聞】

薬用モンココ洗粉



モンココとはフランス語で可愛い娘、という意味だとか。
“恋はどんなものか恋してみてわかります”とは素敵なコピー。
恋の字は旧字。
糸し糸しと言う心、ですね。

【昭和10年2月2日・大阪毎日新聞】

味の素本舗株式会社鈴木商店・味の素



インパクトのあるシェフの顔アップ。
見ようによっては若干怖さを感じてしまいそう。
“世界中から不味い物を駆逐する”という意気込みです。
推奨と書いてすヽめる、調味と書いてあぢつけ、
ふりがなも効いています。

【昭和10年7月10日・大阪朝日新聞】

コスモポリタン製菓・コスモポリタンチョコレート



コスモポリタンは神戸の菓子メーカーとのこと。
2006年に廃業しているようです。
バレンタインデーにチョコレートを贈ることをすすめた
メーカーの一つ、とWikiにはありますね。

【昭和38年8月4日・朝日新聞】

コロムビア蓄音器



おそらく電気蓄音機でしょう。
コロムビア蓄音器の名で、豪華型新鋭機と
大衆型性能器の二種が載っています。
今でこそ、自動車の色など、各社様々な名称が付いていますが、
この時代は「濃藍色」「白茶色」です。

【昭和10年2月2日・大阪毎日新聞】

山中電機株式會社・テレビアン



テレビアンという名前ですが、
山中電機株式会社が発売していたラジオ。
“テレビアンで楽に聴け 盛夏のスリル!”というのは、
写真があまりはっきりしないものの、野球中継のようですね。

【昭和12年7月28日・大阪朝日新聞】

浅井醤油合名會社・ヒガシマル醤油



ヒガシマル醤油も400年ほどの歴史があるそう。
この広告は浅井醤油合名会社の名前になっていますが、
この後昭和17年に菊一醤油造合資会社と合併し、
昭和24年に商標がヒガシマルに決められたと社史にありました。
ラインナップは16リットル樽詰め、8リットル缶入りと
2リットル瓶詰めです。

【昭和14年5月31日・大阪朝日新聞】

太田信義薬房・太田胃散



太田胃散の発売は明治12年といいますから、
130年あまりの歴史を持つ薬です。
実質本位、盛んに売れてる胃病薬として、
当時も重宝されていたのでしょう。

【昭和12年11月18日・大阪朝日新聞】

マミヤ光機株式会社・マミヤファミリー



レンズ・カメラで有名なマミヤ。
誰もが使える一眼レフカメラ、マミヤファミリーです。
それより、右に載ってる同時発売の16ミリカメラ。
戦後、16ミリフィルムを使ったスチールカメラの
ブームもあったとWikiなどでは見られますが、
それも1970年代には姿を消したよう。
そういえば110フィルムもすでになくなったようですね。

【昭和37年7月8日・朝日新聞】

カルピス



いつの間にか、カルピスの瓶がフィルム包装になってました。
記憶にあるカルピスはこれ。
あの独特の手触りのある紙で包まれたカルピス。
瓶には王冠が付いていて、
それを開けてプラスチックの蓋を付けてましたね。
カルピスの喉に残るあの感触と、
夏の記憶が思い起こされます。

【昭和38年3月16日・朝日新聞】

トヨモーター



これはどうもモペットのようです。
ほとんど自転車のようなフォルムに、ペダルも見えます。
排気量は今の原付より大きめですが、
今乗っても十分かっこいいバイクでしょう。
ちなみにこれを作っていたトヨモータースは
昭和24年から33年まであったオートバイメーカーとのことで、
わずか9年という短い間の販売だったようです。

【昭和28年5月17日・読売新聞】

中央製菓・乳菓カルケット



カルケットというお菓子は今もあるようですが、
この広告の中央製菓のものとはちょっと違うようです。
素敵な5銭包みができたというアピールポイント。
左の行、至る所の菓子店・食料品店でお求め下さい、
と書いてあるのでしょうか。
どこでも売ってる“お医者がスヽメル滋養のお菓子”です。

【昭和11年6月13日・大阪朝日新聞】

松下電器産業株式会社・ナショナルラジオ



飛躍的量産態勢を確立し、月産3万台を誇るというラジオ。
標準5球スーパー、6球マジックスーパー、11球電蓄と、
真空管の数が商品名に入るのが基本だったよう。
僕は使ったことがないタイプのラジオなのですが、
なんとなく、スピーカーを覆う布地の感触がわかります。

【昭和27年12月18日・毎日新聞】

カンロ株式会社・ユーガム、Xガム



カンロといえば飴が思い浮かびますが、
一時期ガムも作っていたようです。
カンロのサイトによれば「美容ガム」「頭脳ガム」
といった製品があったそうで。
この広告も懸賞を告知していますが、
飴の包み紙20枚で一口とか、そういえば昔はよく
こういう応募の方法、ありましたね。

【昭和36年4月23日・毎日新聞】
プロフィール

Tet.

Author:Tet.
捨てられそうになっていた昔の新聞を拾ってきました。懐かしい昭和の新聞広告をご覧下さい。気まぐれに、ぽつぽつと増やしていきます。古いものが好きな方は「昭和モノグラシー」もどうぞ。

ここはどこまでも空のサイトページです。

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