株式會社壽屋スモカ部・スモカマッチケース



歯磨きスモカというのはこの時代によく出てきますが、
そのブランドのマッチケースらしいですね。
でもマッチのケースというのは今では全く聞きません。
しかし紹介文がなかなか面白い。
“ポケット傷めぬポケット用”“野暮でも徳用”“其美化運動”など、
エクスクラメーションも織り交ぜ訴えてきます。

【昭和7年6月8日・大阪朝日新聞】
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メンソレータム



今のメンソレータムを販売しているのはロート製薬ですが、
この広告当時は近江セールズ株式会社が売っていたよう。
社名が載ってないので正確には分かりませんが。
いわゆるリトルナースのマークは見あたりませんね。

【昭和11年5月7日・大阪毎日新聞】

味の素本舗・味の素



“食が進めば闘志も高まる”という、味の素の広告。
“働くには先づ飯”というのは今も昔も変わりません。
後ろから光が当たる人物の描き方、当然ですがプロですね。

【昭和12年9月19日・山陰新聞】

江崎グリコ株式会社・アーモンドチョコレート



この横長のパッケージ、懐かしいですね。
50年以上の歴史を持つグリコアーモンドチョコレートで
中に入っているカードを集めてもらえるラジコン景品。
カードを規定枚数集めると必ずもらえるタイプのようで、
集めたカードと送料と思われる切手60円分が必要となっています。
このブル公と並んで選択出来る景品に外国切手が入っているあたり、
当時の切手ブームが推し量れます。

【昭和41年11月23日・朝日新聞】

日本旅行協会・汽車時間表



鉄道省編纂の「汽車時間表」と、
旅行雑誌と思われる「旅」の発売を知らせる広告。
號の字、「旅」を丸くかたどったロゴ、
切符のデザインなど、どれもがいい味を出していますね。

【昭和10年5月28日・大阪朝日新聞】

岩崎通信機株式会社・電話機



現在も通信機器などを取り扱う
岩崎通信機株式会社が出していた黒電話器ですね。
中学生頃まで家でも黒電話でしたが、
この広告の電話機よりはもっと丸っこい感じでした。
ダイヤルを回すあの指の感覚、まだ覚えてます。

【昭和33年11月14日・朝日新聞】

東京天野源七・ヘチマコロン ヘチマクリーム



微妙な表情を浮かべる女性が指さすものは、
“美肌の美を増す”というヘチマコロン、ヘチマクリーム。
広告文の最後がなんとなく尻切れな感じがしますがどうですか。
“それでこそヘチマコロンとヘチマクリームと”
何なんでしょう。

【昭和7年6月8日・大阪朝日新聞】

銀和自動車KK・みずしま



「みずしま」は、三菱の水島製作所で作られていた
オート三輪型ピックアップトラックとのこと。
ごつごつした感じなんかは、トラック寄りの雰囲気です。
さすがにオート三輪に乗った記憶はないのですが、
小回りが効きそうだし、そこらを走るにはいいんじゃないかなぁ。

【昭和27年9月22日・読売新聞】

ウオーカー合資會社・リプトン紅茶



リプトンの紅茶は1906年から日本に輸入されはじめたとのこと。
“新人の好む明朗さ”という売り文句ですが、
和服姿の女性の傾きと目の虚ろさがなんとも。

【昭和7年5月10日大阪毎日新聞】

日之出・櫻實缶詰



山形のナポレオン種を使ったサクランボの缶詰。
缶詰だけ写真なのに周りのイラストがラフすぎるのと、
見ていて不安になるテーブルの傾きです。
櫻實に「さくらんぼう」のふりがなを当てるにしても、
實に「んぼう」はちょっと強引じゃないでしょうか。

【昭和10年7月21日・大阪毎日新聞】

ソニー・ソリッドステート11



トランジスタを11石使ったソニーのラジオですね。
なにやら、トランシーバーのようにして、
発信もできるというのが売りのよう。
そういえば小学校の頃、何かの景品で同じように、
FM電波を使って声を送れる小形のラジオみたいなのが
うちにあった気がしますが、どこいったんだろう。

【昭和41年8月9日・朝日新聞】

タイガー計算機



大学時代の教官が、学生時代にはこれを使って、
という話をしてくれていました。
現役で使ったことはありませんが、名前はよく聞くタイガー計算機。
大正12年に作られ始めたものの、電卓の登場により
昭和45年に販売を完了しているといいます。
こういうメカニカルな仕組みを持つアイテム、いいんですけどねぇ。

【昭和41年10月17日・朝日新聞】

巴商會・巴風呂



“一くべ二十分”という、おそらく薪の風呂釜でしょう。
巴商会は明治43年に循環式外釜の特許巴風呂を開発したとのこと。
浴槽の木目がいやにリアルですが、
“「僕巴風呂大好きだよ」バンザイバンザイ”と喜ぶ子供を
見守るちょびひげのお父さんが優しげです。

【昭和7年6月8日・大阪朝日新聞】

シオノギ製薬・ポポンS



現在も発売されている総合ビタミン剤のポポンS。
昭和27年からの歴史を持つと言います。
しかし当然ですが、仲代達矢さん、若いですねぇ。

【昭和41年11月20日・朝日新聞】

株式会社内田洋行・マジックインキ



油性ペンの代表ともいえるマジックインキは
1953年発売らしいです。
商品名の書体は今のものと何となく似ていますが、
おなじみの?マークが描かれていません。

【昭和31年4月29日・朝日新聞】

三菱電機株式会社・三菱トランジスタラジオ



“小形で大形なみ”のトランジスタラジオ。
真空管の時代はその数を球で表しますが、
トランジスタになると石となります。
短波放送も聞ける携帯ラジオ、
出かけるシーンは“ハイクに、スポーツに”。

【昭和34年5月5日・島根新聞】

井上ゴム製作所・ミコト印安定水枕



“一度使用シタラ従来の水枕は使用出来ぬ”という
時代が要求する凹型の水枕。
クーラーが一般的でない時代、
夏の酷暑を乗り切るには水枕が欠かせなかったのでしょう。
僕の子供の頃は、熱が出たときに使う程度でした。
冬にはつららを取って入れてましたね。
口を止めるあの金具がなぜか好きでした。

【昭和11年7月25日・東京日日新聞】

大黒葡萄酒・オーシャンペットウイスキー



現在のメルシャンが1962年に合併した
オーシャン株式会社が作っていたウイスキーのようです。
“観劇・ホームバーのマスコットに”とのことですが、
ここでいうマスコットは、愛でるもの、というような意味でしょうね。
そして当然、ペットはペットボトルの意味でもありません。

【昭和34年5月15日・朝日新聞】

安住かとり線香



ちょっと前のなぞなぞ本とかに出てきそう。
効き目、火持ちの一番良い蚊取り線香、と読んでいいですね。
この安住蚊取り線香は、隣県鳥取の安住伊三郎が創業した
安住大薬房が作っていたもの。
最盛期には世界50カ国ほどに輸出していたといいますが、
第二次世界大戦で工場を失い、姿を消してしまったそうです。

【昭和7年6月16日・大阪朝日新聞】

伴野商店・パテーベビー



フランス・パテー社の9ミリ半活動写真機。
“うちつれて行く団欒の秋景色を”撮影できる
携帯に便利な小型カメラのようです。輸入元は伴野商店。
Wikipediaではこのパテーベビーは1922年に発売され、
その後数十年に渡り人気を博したといいます。

【昭和7年10月23日・大阪毎日新聞】

森永薬品株式会社・パスモリン



結核の治療薬というパスモリンの広告。
作っているのは森永薬品株式会社。
右上のエンゼルマークを見る限り、
森永製菓と関わりがある会社ではないかと思われます。

【昭和25年6月6日・読売新聞】

松下電器産業株式会社・自動給水ポンプ付き洗濯機



最近では、風呂桶から給水できるホース付き、
といった洗濯機は、節水を目的として残り湯を使う感じですが、
この広告を見る限り、当時は残り湯を使うのが前提だったのですね。
“水道がなくても水源が窓の向こうでもOK”といいますから、
蛇口から給水する機能は後に一般的になったんでしょうか。
ところで、前面左の二本のホースは何用でしょう。

【昭和34年5月26日・朝日新聞】

森永牛乳株式會社・森永牛乳



乳製品大手の森永乳業、この頃は森永牛乳株式会社です。
“この一杯でめきめき肥る!”という売り文句は
やはり時代だからでしょう。
今のご時世、太ることをアピールする食品は非常に少ないですね。

【昭和11年4月1日・読売新聞】

大正製薬・パブロン



ワシのマークの大正製薬。
かぜ薬パブロンの歴史は古く、昭和2年から売られていたそう。
トレードマークのワシは昭和30年に採用らしいので、
この頃はまだ“ワシにまかしといて”と
鷲が全面に押されているようです。

【昭和34年10月17日・朝日新聞】

ゴールドフレーキ



インド、パキスタンで売られているたばこのブランドのよう。
たばこは吸わないので詳しくないですが、
現在の日本ではあまりメジャーな名前ではないような気がします。
世界のたばこを扱う店とかに置いてそう。
そういえば渋谷の「たばこと塩の博物館」はなかなか面白いところでした。

【昭和11年7月12日・読売新聞】

ダイヤキング・ジュース



さてこれは、どこのジュースやら。
下段の“人気満点うまい酒ゴールデンハナガワ”が
メーカーなのか、ダイヤキングジュースの名とともに
検索では全然出てきません。
5月5日こどもの日の広告です。

【昭和34年5月5日・島根新聞】

松下無線株式會社・ナショナルコンソール



左はエンタツ・アチャコの「これは失礼」という映画が
封切りされることを宣伝しているようで、
右は中央の機械、電気蓄音機の広告です。
今で言うタイアップという形なのかな。
しかし蓄音機の広告文が実に物々しい。

【昭和12年6月21日・大阪毎日新聞】

三宅堂化粧品部・リリスクレンザー



クレンザーという名前は、
現代では洗顔料のことを意味しなくなりました。
ついでに“お洗面”という表現もしませんね。

【昭和7年10月23日・大阪毎日新聞】

日産自動車株式會社・ダットサン



ダットサンといえばピックアップトラックが思い浮かびますが、
普通の乗用車タイプの広告。
特徴の欄に“無試験運転免許”とありますが、
この車は免許いらずで乗れたんでしょうか。

【昭和11年7月1日・読売新聞】

ナショナル・自動洗濯機うず潮



自動うず潮の名のオール自動洗濯機。
とはいえ、まだ二層式なので、脱水まではオールではありません。
この質感、ばあちゃんが使っていた洗濯機そのものです。
名前は千曲、とかだったかな。
手前にタオルを干せるバーが付いてるあたり、そのものですね。

【昭和45年12月6日・島根新聞】
プロフィール

Tet.

Author:Tet.
捨てられそうになっていた昔の新聞を拾ってきました。懐かしい昭和の新聞広告をご覧下さい。気まぐれに、ぽつぽつと増やしていきます。古いものが好きな方は「昭和モノグラシー」もどうぞ。

ここはどこまでも空のサイトページです。

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