仁丹



ひとつ前の記事、仁丹水枕・仁丹体温計と
同じ紙面で左右の隅に分かれて載っていました。
こちらは普通の仁丹を宣伝するもの。
でも、“廿銭包及徳用五十銭函に添付”されていたという
富士容器なる富士山の形をしたケースは、
ちょっと画像検索したくらいでは出てきません。
ちなみに昭和の常識は東京トリビア。
祝田町、寶田町は、現在の皇居外苑のようですね。

【昭和11年7月27日・大阪朝日新聞】
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捨てられそうになっていた昔の新聞を拾ってきました。懐かしい昭和の新聞広告をご覧下さい。気まぐれに、ぽつぽつと増やしていきます。古いものが好きな方は「昭和モノグラシー」もどうぞ。

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